SAFARI REPORT

サファリレポート

「沈まぬ太陽」を追って

 直木賞作家、山崎豊子さんの作品に、「沈まぬ太陽」という小説 がある。

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 1970年代、ケニアのナイロビに駐在した大手航空会社の会社員の恩地元が主人公で、正義感に燃える恩地は社内の組合活動に没頭し、あまりに熱心に取り組んだがために、会社の上層部に嫌われ、冷遇され、テヘラン、カラチ、ナイロビと左遷され続ける。しかし、年月を経て不屈の精神で自身の生きる道を見つけ、社内の不祥事を暴いていく。2009年に、渡辺謙さん主演で制作されたから記憶に新しい人も多いかもしれない。

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(2009年に公開された映画のポスター)

 

 2015年、ドラマ版の制作が決まり、アフリカロケが決まった。
 そして、僕のもとに現地コーディネートの仕事依頼が入った。

ここ数年、ケニアの治安状況が不安定なこと、また当時から急発展したナイロビより、タンザニアの方がかえって当時を再現しやすいという事になり、撮影場所がタンザニアに決定し、早速、監督らが調査のために現地を訪れた。

”こんな感じの路地はないかな?、
  ”こんな感じの”事務所、、、
    ”こんな感じの”階段、、、
      ”こんな感じの”家、、、。

 この土地に8年も住んでいると気づかないうちに、僕の頭の中には膨大なデータが蓄積されていた。いつも通る裏道から、数年前に誰かに連れて行ってもらったバーまで、思いついたままにロケ場所に連れて行くと、監督らは「いいねー」「雰囲気あるねー」と至極気に入ってくれ、ロケ地がポンポン決まっていった。そして、僕はロケハンの天才ではないかと浮かれた。

 しかし、アタマを悩ませた注文があった。
 それが「沈まぬ太陽」。これを撮りたいというのだ。
そもそも「沈まぬ」とはどういうことなのか、ただの題名だと思い、中身の意味を考えてもみなかった。そもそも「沈まない」太陽なんてあり得ない。昇っては沈む、それを繰り返してる。

「沈まぬ太陽」ってなんだ?!
監督に聞いてみると、こんな答えが返ってきた。

「主人公の不屈の精神が表れるような力強い太陽」。
禅問答のような答えにますます困惑した。

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(地形図と鉛筆。「沈まぬ太陽」が撮影できそうな地点を探した。)

 地形図を持ってきて、方角を確認し、景色の良さそうな岡や山の上の地点にひとつひとつに目星をつけて、悩んでいると、、、。
 再び「あ、そうそう、タイトルのバックに使える勢いのあるヤツね」っと追加注文。プレッシャーがかかった。何を探せばいいのか分からないまま、沈まぬ太陽を探す旅が始まった。

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 まずヒントは「不屈の精神」。

 実は、この小説の主人公のモデルとなっている実在の人がいる。小倉寛太郎という人物だ。小倉さんのことは、小説を読む前から知っていた。本を何冊も読んだことがあった。著作には、「フィールドガイド・アフリカ野生動物」「東アフリカの鳥」「サバンナの風」など。珍しく日本語で書かれたサバンナの野生動物に関する本であり、サファリガイドを始めた当初から何度も読み返してる。小倉さん自身の写真がふんだんに使われ、サバンナで過ごした年月の長さが伺える。描写も細かく、観察眼と執念、何よりアフリカのの大地への愛着が感じられ、読むたびにいつも感心させられた。1980年当初、日本にサファリを紹介した、最初の人物。サファリガイドの大先輩だ。

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 小倉さんは、元々はハンターとしてサバンナに通い始めたようだ。

社内イジメのような人事異動で僻地をたらい回しにされ、精神的に追いつめられ、アフリカに赴任したころに、狩りにのめり込んでいく。憎い上司の顔を打ち抜くような鋭い目で、ライフルの引き金に指をかけるシーンが小説には描かれている。
 しかし,時が経て、サバンナに通ううちに、動物に向ける目が徐々に変わっていく。「仕留める対象」から「観察、撮影する対象」に。晩年には自らアフリカ赴任を望み、「サバンナクラブ」という愛好会を結成し、サファリを主催し、日本とアフリカの観光の架け橋となった。

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(目が合うと、、)

 

 サバンナで動物たちを見ていると、つくづく自分の内面を写し出しているのだと思う。
「ライオンを見る時、自分が子供なら子ライオンの気持ちに。独身なら独り身のオスの気持ちに。親になったら親ライオンの気持ちでライオンを見ている」かつてカメラマンがそう話してくれたのを思い出した。自然を通じて、自分の内面を覗く。

”あれは甘えん坊の末っ子だ”、
  ”あれは勝ち気の2児の母親だ”、
    ”あれは、今メスに近くにいたくて、仕方がない”、、、。

生き物と接した時、自分との共通点を見つけて、楽しくなる。
目が合った時、相手の立場を想像して、面白くなる。
「沈まぬ太陽」を探す旅のヒントはそんなところにあるように思えてきた。

 

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 ドドドドドーッ!2016年の年明け。
 総勢50人近いロケ隊が次々と現地入りし始めた。
地元のスタッフを加えると100人近い。これまで関わってきた3、4人のロケ隊とは訳が違う。主演の上川隆也さんをはじめ、カメラマン、照明、音声、演出、衣装、美術、CG、、、それぞれの部門の専門家が名を連ね、続々と現地入りした。
 そして、現場に入ると、ひとつひとつのシーンのカメラアングルから、後ろに映り込む現代風の看板や、役者の服のシワまで一つ一つ確認した。カメラに写る、すべてがとても几帳面に計算されていた。

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 そして、カメラマンらとともに「沈まぬ太陽」を求める旅に出た。
チャンスは7日間で7回。「沈まぬ太陽」を無事撮影して、戻ってくることが目的。
しかし、そこはさすがタンザニア、トラブル発生。ロケ場所の許可が取れていない、停電した、機材トラブルだ、、。あらゆるトラブルが起きる。その都度、スタッフと知恵を出し合い、悩み、解決策を探る。夕陽は一日に一度しかない。1日、1日、その日の夕陽をどこで迎えるかが勝負。

 もっと壮大で、、、
 もっとアフリカで、、、
 もっと力強く、、、
 もっともっともっと、、、。

毎日毎日、草原で、岩場で、岡の上で、いろんな場所で夕陽を待った。
今年は雨が多く、なかなか晴れ上がらず、夕陽が肝心なところで隠れたり、にわかに降った雨で、たちまち草原を泥だらけになったり、タイヤはハマるし、パンクもする。しまいには、旅の疲れからカメラマンが白目をむいて、意識を失った。
 休んだ方がいいのでは?少し休んで意識が戻ったカメラマンに聞いてみると「大丈夫です、やりましょう」。休みはないようだ。

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 ある時、
日本人スタッフが言っていた。
「結局、みんな現場が好きなんです」
タンザニア人スタッフも言っていた。
「がんばって準備して、オッケーが出た時は最高」。

どちらもこっちがテレてしまうくらい、キラキラした目で話してた。不規則で、フリーランスの多いこの業界の現場は、そんな気持ちや人々で支えられているようだった。

 

 7日間、精一杯、「沈まぬ太陽」を追い掛けた。
恩地の不屈の精神を表すような夕陽が撮れたのか?
見る人の心が映し出されるような夕陽が撮れたのか?
スタッフみんなの不屈の精神を表すような夕陽が撮れたのか?

初めて立ち会ったドラマ撮影の舞台裏。
番組の放送を楽しみにしたい。

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(どんな夕陽が使われるのか。2016年5月WOWOWで放送予定)

<2016年2月 アルーシャ>

ケンタロウ

野田健太郎
FGASA(南アフリカフィールドガイド協会)公認フィールドガイド、トラッカー。日本エコツーリズム協会会員。 元通信社記者。2008年からタンザニアに在住。「日本語で楽しく分かりやすく」と現地でサファリガイドを始める。インタープリターとして旅行者を案内し現地のオモシロ話を伝える一方、NHKの自然番組の撮影コーディネーターとして、大自然の神秘を映像を通じて届けている。

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