カリブー! ジャパニーズ図書館! 日本語ガイドにこだわる理由について
「もう少し左?もう少し右?」「そう、そこそこ!」
雨期に入った9月、僕は図書館の看板を取り付けていた。
とても簡単に、小さな日本語図書館「ジャパニーズライブラリー」の館長となった。
サファリの拠点都市アルーシャの自宅。その隣に、自分の本棚にあった本を、移動させただけの”図書館”を作り、図書館長となった。作るまでには、ちょっとした想いがあった。
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8年前、フィールドガイドの仕事を始めた頃から、心がけていること。
それは、「日本語で分かりやすく楽しく」
「シマウマにシマはなぜあるの?」
「マサイの人たちはどうやって、オシリ拭くの?」、、、
そんな話を、自分の実体験や、見聞きしたエピソードを交えながら説明したい。
タンザニアの文化や体温を感じられるように案内したい。そんな想いがあった。
それは、何より8年前の自分にとって初めてのサファリが、歯がゆい体験だったからかもしれない。当時は、あまりお金がなかったので、僕はサファリ代を値切りに値切った。その結果、慣れてないガイドが現れた。日本語はおろか、英語もあまり得意でないタンザニア人のガイドだった。
(写真 突然、現れたヌーの群れ、砂煙の中数万頭はいただろうか?!)
サファリの途中、何万頭ものヌーの大移動に遭遇した。
数えきれないほどのヌーが突然、砂煙の中から現れた。
ドドドドー、地響きと、けたたましく「ヌー、ヌー、ヌー」と鳴り響く声。何が何だか分からなかった。しかし、その生物としての圧倒的な勢いに気押された。
そして、ガイドの方に振り向いて、説明を求めると、指を差して一言。
「これは、ヌーだ」。説明は終った。
それ以上、質問をしても、それ以上の答えはなく、歯がゆかった。
こんな手つかずの自然や動物に触れながら、その動物たちが何をしているのか?どこに行こうとしてるのか?どういう季節なのか?まったく分からなかったのだ。そして、僕らのガイドの”一言解説”は、ずっと続いた。
「これ、ゾウ」
「これ、カバ」
「これ、キリン」、、、。
彼が特別ダメなガイドだったとは思わない。言語の問題があったのかもしれない。
そして、おそらく、単に僕がケチり過ぎたのだろう。もっと知りたいという気持ちは強く残った。
動物の名前だけなら誰でも知っている。その”一歩先”の話が知りたいのだ。
「オスなの?メスなの?」
「何をしてるの?」
「何がしたいの?」
「あの2頭はどういう関係なの?」
そこからの話が、本当の意味で、興味深く、笑ったり、感動できる話なのだ。
人は、関係性を知って、初めて共感できるのだと思う。
僕はフィールドガイドの資格を取るために南アフリカに渡り、自分自身がガイドの仕事をするようになった。今でも、初めてのサファリの歯がゆさを忘れないようにしている。
(写真 仲間とくつろぐ、生後数ヶ月の子ライオン。夜、歩き回って疲れたのか目がトロリ)
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サバンナと、東京の大都会。
それは一見、まったく対極にあるように思うで、驚くほど似てるふたつの世界。
ヤツらが「生きている」。自分が「生きている」。たったそれでけのことなんだけど、
「生きてる」って言葉にはこんなに、意味の幅があるんだ。
そう思うと、心がしびれた。
(写真 片牙がないゾウのママ。子供に母オッパイの飲ませながらも眼光は鋭い)
水場でじっと獲物を待つライオン。
子供といっしょに走るヌー。
必死に糞を転がすフンコロガシ、、、。
生きてるってこんなに幅があるんだ。
そして、それを目の当たりにすることで、当時、どこか人生につっかえていた自分の心に、フッと軽くなるような、明るくなるような感覚があった。まったく違う世界を知ることで、フッと心がラクになるような。。
”一歩先の話”には、そんなヒントが隠されている。
大都会を生き抜くチカラ。大自然を生き抜くチカラ。サバンナではそのヒントに時々会う。それは、満員電車でモミクチャにされてる時も、イヌの散歩をしている時も、地球のどこかで、ゾウやシマウマがのんびりと草を食み、ライオンが昼寝をする世界がある。チーターとトムソンガゼルが命懸けのデッドヒートを繰り広げる世界がある。
ただその事実を頭の隅っこにおいているだけで、物事の捉え方が変わってくる。直接、仕事での決断や、家族での暮らし方に繋がらなくても、物事の捉え方が変わってくるような気がする。
(写真 群れの仲間とじゃれ合う、オスのライオン。1歳くらい。)
僕は初めてのサファリで、ある決意をした。
自分のサファリは、パーソナルで、分かりやすく、母国語で。
ワケが分からなかったサファリは、ひとつの決意をくれた。
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突然、「ジェームスと申します!」
街を歩いていたら、話しかけられた。
振り返って顔を見れば、タンザニア人。
直立不動で二カーって笑ってる。
「なんだコイツ?!何なんだ?!申しますって」
なんて内心ツッコミを入れながら、「うーん、チョンマゲが似合うかもなー」なんて思いながら、話を聞いた。ジェームスはサファリのガイドの仕事をしてて、今、日本語を勉強中だという。会社に所属してない、フリーランスガイド。
お、浪人侍かー。
それから6年間。
”浪人侍”は、ことあるごとに僕の姿を見つけては、変な日本語でいきなり、斬りつけてきた。必ず満面の笑みで。
彼の質問は、日本語の文法のことから、動物の生態のことや、日本の時事ニュース、、など。ジェームスはいつもくそマジメに細かくノートをとっていた。すると、少しずつ日本語は流暢になって、交わす会話が長くなっていった。そして、いつも終わりごろには、涙が出るほど笑って、別れた。
(アルーシャ国立公園での勉強会にて。ジェームス、右から2人目)
そのジェームス。今ではしっかりと日本語で、タンザニアの動物や歴史の話もすれば、日本語で冗談も言う。ハイシーズンになれば、他のサファリ会社からの指名も多い。年間100万人以上の観光客が訪れるタンザニア、うち日本人の割合は少なくない。
継続はチカラなり。日々の積み重ねだ。彼の成長には本当に驚かされた。
そんな「芽」が出る場になればと、図書館を作ったのだ。
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日本語図書館には、自分が持っていた日本語の本、英語の本、スワヒリ語の本。
動物の本や文法の本、、、などなど。とにかく興味がありそうな本をすべて並べた。
自分がコーディネートしたNHKの自然番組のDVDも並べた。FBのページも作った。
毎週水曜日の夕方は、日本の映画やテレビの上映会をすると、いろんなヤツらが集まってきた。ガイドにとって、ローシーズンは言葉を習得する絶好の機会なのだ。ローシーズンの”浪人”たちが続々と集まってきた。
日本語力はまちまちだ。
その分、愛嬌のあるヤツ。車の運転がヘタクソなヤツ、、、。いろんな芽があった。
いつか、そのうち誰かが、日本語でメチャクチャ笑わせてくれたら、うれしい。
その冗談で、思いっきり笑いたい。
カリブー!(ようこそ)ジャパニーズ図書館!
集まれ、浪人たちよ!これからが楽しみだ。
野田健太郎
FGASA(南アフリカフィールドガイド協会)公認フィールドガイド、トラッカー。日本エコツーリズム協会会員。 元通信社記者。2008年からタンザニアに在住。「日本語で楽しく分かりやすく」と現地でサファリガイドを始める。インタープリターとして旅行者を案内し現地のオモシロ話を伝える一方、NHKの自然番組の撮影コーディネーターとして、大自然の神秘を映像を通じて届けている。
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