SAFARI REPORT

サファリレポート

不眠症のキリン

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キリンはどう寝るのか?
そんな疑問を持ったことはないか?

6メートル近い、あの巨体を横にして、寝るのか。自然界ではよほど、
安全でないと見られないシーンだが、そうやって寝ることもあるらしい。

しかし、なんせ一度寝転んでしまうと、立つまでに五~一〇秒はかかる。
肉食獣が近くにいないと分かっていれば、これもできるが、日常的には無理だ。

キリンは、基本的には「立ち寝」。立ったまま寝る。帰りの電車の新入社員のように。
彼らが、ドアや車両の角に寄りかかって寝るように、キリンも、木に寄りかかったまま寝ることもある。
毎日、立ち寝なんて疲れないのだろうか?それとも、立ち寝をする理由が何かあるのだろうか?

前々から、キリンを見ていると、何メートルもある長い首を、
ノド仏のような出っ張りが、度々駆け上がるのに気づくことがあった。

ある日、ハテと。
「あれは何ぞや?」
家に帰り、動物図鑑を、ひっかきまわして、調べると、どうもこのようなことだ。

キリンは牛のように、胃を四つ持つ、反芻動物で、口で葉っぱを噛むと、
胃でしばらく消化し、それからふたたび口の戻して噛み、胃に戻すことを繰り返す。
こうすることで、同じ量の葉っぱからより多くの栄養を取ることができて、能率がいい。

不眠症を招いていたようだ。
というのは、胃の中に入った葉っぱの塊が、約一〇分に一度、口に戻る。
それが、首を曲げて寝ると、つかえてしまって、窒息するのだという。

だから、立ち寝をし、熟睡することなく、“不眠症”が常態化しているのだという。

 

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栄養を多く取れるというメリットと引き換えに、一生、寝不足で過ごすという代償を払っていたのだ。
どうも、トイレにおきた子供のような、眠そうな目をしていると思った。

キリンの特殊な進化の弊害はまだある。
ひとつは“立ちくらみ”だ。

キリンの水飲みを、見たことがあるだろうか。長い足で、立ち上がるのに十秒近く時間がかかるため、
特にライオンが潜んでいる可能性が高い水場では、この一〇秒が運命を分けることがある。

立ったまま前足を踏ん張り、頭だけをたらし、水を飲む。
その格好は、ラジオ体操の「開脚前屈」のようである。
いざ敵が来たときは、すぐアタマをすっと上げて、逃げるのだ。

しかし、そうしたとき、頭に上っていた血液が、一気に体に戻り、みな立ちくらみで倒れてしまう。
皆、バタバタと立ちくらみで倒れて、ライオンの餌食になってしまったのでは、シャレにもならない。

そこで、脳みその下に、一時的に血液を溜めて、ゆっくり全身に送る特殊な器官を進化させた。
心臓が平均十二キロもあるのも長くて細い体の隅々までスムーズに、血液をめぐらすための進化なのだ。

葉まで食べれる長い首。
1200万年を経て、現在の形になった。得たメリットの分だけが失ったものもある。

あらゆる生命は、生き残りをかけて、さまざまな進化をしていく。
進化の結果、得られるメリットが、デメリットを上回れば、その種は存続ができる。

キリンを見ていると、そんな生き物が持つ、生存にかける執念のようなものを感じる。

人間は、他の生き物より頭脳を進化させることで、生き残ってきた。
それでヒトは、何を手入れ、何を失ったのか。

2008年7月
セレンゲティ平原にて ケンタロー

ケンタロウ

野田健太郎
FGASA(南アフリカフィールドガイド協会)公認フィールドガイド、トラッカー。日本エコツーリズム協会会員。 元通信社記者。2008年からタンザニアに在住。「日本語で楽しく分かりやすく」と現地でサファリガイドを始める。インタープリターとして旅行者を案内し現地のオモシロ話を伝える一方、NHKの自然番組の撮影コーディネーターとして、大自然の神秘を映像を通じて届けている。

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