SAFARI REPORT

サファリレポート

ハイエナのニオイ、アクビのイミ

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太陽が傾き、アカシアの影が伸び始めたころ、母さんハイエナが、巣穴に戻ってきた。
顔は疲れた表情だが、小走りだ。
気づいた子供たちが、「クーン、クーン!」と鳴き、巣穴から飛び出した。頭を下げて近づき、シッポを振る。まず、鼻を突き合わせ、ほお擦りから首筋へ、丹念に体中を嗅ぎあう。

一日中、エサを探して回って帰ってきた母と、巣で留守番をしていた子のあいさつ。彼らにとって、ニオイは欠くことのできない重要なコミュニケーションだ。

最初の1年ほど、狩りに連れていってもらえない子は、母親が持ち帰ったニオイで、外の世界を少しずつ知っていく。たくさん吸い込んで、毎日、新しいニオイを覚えていく。
「どこにいったの?」
「狩りはどうだったの?」
「誰と一緒だったの?」…。
そんな土産話は、全部ニオイとして、しみこんでいる。もう子供は、止まらない好奇心で、背伸びしてすりより、嗅ぎまくっている。そんな光景をホノボノと眺めていた。

すると突然、母親が口を大きく広げ、大地に向かって巨大なアクビをした。たまたまかと思い、他の親子を観察しても、皆、同じようにアクビをしている。
なに?僕らのアクビとは明らかに何か違う…
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 メスが中心のハイエナの社会では、メス同士が常に、“乳くらべ”をしている。我が子をいち早く一人前にすべく、母乳の質と量を競う女同士の戦いだ。

ハイエナの子は、実母の乳しか飲まないうえ、授乳期間は1年半と長い。
また、現在のボスと自分とでは、体格差がありすぎて、勝負にならないが、次の世代ならまだチャンスはある。ドンドン質のいい乳をだして、子の代に望みを託すのだ。

だから、どんな硬い骨や歯、角だって、バリバリ食べちゃう。食べて高カルシウムの乳を出す。早食い大食いが母ちゃんの使命なのだ。奥歯にも力が入る。

しかし、その隙に、ライオンやヒョウに巣穴を襲われることもある。一日の仕事から帰ってきたら、誰もいなかったなんてことも…。

そんな母さんが、今日も小走りで戻ってきた。そして、ニオイを嗅ぎ終えたと思ったら、巨大なアクビを放った。
なんて言ったのか…?

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実は、この行動の意味は、まだ解明されていない。しかし、観察していると、いろいろ想像したくなる。

母さんハイエナは小走りで戻ってきて、このアクビをするまで、どこかソワソワしている。しかし、我が子のニオイを嗅ぎ、アクビまですると少し落ちつくようだ。どこか自分の居場所を確かめているようでもある。

一日の仕事を終え、小走りで帰ってきた母さんはなんと言っているのか?「戻ったよー」なのか、「愛してるよー」なのか、「疲れたー」なのか、「安心したー」なのか、想像は膨らむ。

仕事を終えて帰ってきた、ウチのお袋なら、なんて言っただろう。
家に戻り、夕食が出来るまでの時間。せんべいでもかじりながらした「ただいまー」「部活は?」「夕飯は?」…こんな会話の中に、ヒントがあるのか?
その声や表情を思い出してみる…。

2008年10月
ンゴロンゴロ・クレーターにて ケンタロー

 

ケンタロウ

野田健太郎
FGASA(南アフリカフィールドガイド協会)公認フィールドガイド、トラッカー。日本エコツーリズム協会会員。 元通信社記者。2008年からタンザニアに在住。「日本語で楽しく分かりやすく」と現地でサファリガイドを始める。インタープリターとして旅行者を案内し現地のオモシロ話を伝える一方、NHKの自然番組の撮影コーディネーターとして、大自然の神秘を映像を通じて届けている。

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