SAFARI REPORT

サファリレポート

ライオン1頭 vs 1000頭のバッファロー

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中で、ジッと身を潜めていた。

薮の外には、1000頭以上のバッファローの大群が通過中。一頭でも仕留めれば、大変なご馳走。ライオンの体重の3倍にもなる。ライオンの狙いは、群れから、はぐれた、1頭だけ。それをこっそりモノにしたいが、1000頭はとても相手にしたくない。そんなことを思いながら薮に隠れていた。

バッファローは、戦車のように隊列を組んで移動する。群れのつながりが強く、真ん中に、弱い子供や女たちを、集めて、周りを屈強なオスたちが囲む。危険がせまれば、大きなツノに全体重を乗せて、突進する。

薮の中のライオンを見つけた僕らは、近くで待ち構えた。時折、ライオンの黄色い背中が、真っ黒の隊列に交じり、薮から薮へ移動する。しかし、他のライオンの応援はない。ライオン1頭対1000頭のバファローの対決だ。


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様子がおかしいのに、まず気づいたのはバッファロー数頭。
あわてて、立ち止まっては鼻を突き出し、ニオイを嗅ぎ、情報収集に努める。しかし、確信がもてる情報は得られないまま、隊列に続く。その動きを伺いながらライオンはジッとしている。 もう姿は見えない。

10分、20分、30分、、、。
時は過ぎるが、なかなか情勢は動かない。いつ飛び出そうか、ライオンも躊躇しているのだろう。
列の最後尾を、こっそり倒せば、ご馳走を独り占め。間違ったタイミングで飛び出せば、ツノで次々と突き上げられ、放り投げられ、踏みつけられる。おとなしくしていれば、安全だが、ご馳走はない。どこかで、飛び出すしかない。そんな葛藤をしながら、薮の中にいるのだろう。

そんなとき、
「ンォーー!!!」
突然、泣き声が響いた。見ると、あのライオンがバッファローのお尻にしがみつき、子供がスイカでも食べるかのように、大きな肉にかじりついていた。

声を聞いた仲間は、奇声をあげながら、クソを垂れながら、ドコドコとその場から逃げ出した。
「仕留めたか?!」と思った。
しかし、いったん走り出したオスたちは、突然、立ち止まり、思い出したように180度方向転換し、一斉にライオンに突進し出した。

「ンォオオオー!!!」
「ンォオオー!!!」とオスたちの声だけが響く。現場は薮に隠れてよく見えない。音が頼りだ。
四方を阻まれたライオンは獲物を放した。一度は、吠えるが、すぐに「マズい!!」と、シッポを巻いて、退散。バッファロー十数頭は、そのまま薮の奥まで突進していった。
「ンォオオオオーー」
「ンオオオー!!」
ライオンを追っ払ったオスたちは、息を荒げ、背中から湯気が上がる。群れ全体が、異様な興奮に沸く。裸祭りのようだ。
尻をかじられたメスにみんなで駆け寄る。恐怖で当惑したメスは涙目だ。集まってきたオスたちに両脇から支えられ、群れの中心に連れて行かれる。興奮のあまり、交尾をし出すヤツまでいる。熱気と狂気に唖然としたまま、僕はシャッターを切るのも忘れた。

「ンォオオオオーー」
「ンオオオー!!」
トロけた目のまま、支えられ、集まってくる群れのみんなに迎えられる。鼻を付け合い、声を確認しあう。突然、普通の女の子が、ジャンヌ=ダルクか卑弥呼にでもなったような雰囲気だ。

戦いは、ヒロインを産んで終わった。
負けたライオンは、腹を空かせて寝るのだろう。ヒロインになったバッファローは、どんな夢を見るのだろうか?

2009年1月
セレンゲティ平原にて ケンタロー

ケンタロウ

野田健太郎
FGASA(南アフリカフィールドガイド協会)公認フィールドガイド、トラッカー。日本エコツーリズム協会会員。 元通信社記者。2008年からタンザニアに在住。「日本語で楽しく分かりやすく」と現地でサファリガイドを始める。インタープリターとして旅行者を案内し現地のオモシロ話を伝える一方、NHKの自然番組の撮影コーディネーターとして、大自然の神秘を映像を通じて届けている。

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