SAFARI REPORT

サファリレポート

はぐれたヌーの子

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昼過ぎ、サバンナのど真ん中。
生後1ヶ月ほどのヌーの子が、右往左往している。
そこから20メートルほどの地面にハゲワシがとまり、羽を繕いながら、待ち構えている。
この子は、群れからはぐれてしまったのだ。

ヌーは群れで動く。
セレンゲティ国立公園には、100万頭以上のヌーが生息する。関東平野ほどの広さを水と緑を求め、
端から端へと群れでともに移動する。
雨期になり、平原が緑に染まると、見渡す限り一面ヌーに埋め尽くされることがある。
そんなときは、列が何キロも伸び、少し頭をたれながら、
前のヌーが付けた足跡をなぞるように並んで歩くのだ。

このように、群れで行動するのは、彼らの防衛本能らしい。
数が多いと、目も増え、より警戒できる。一頭でも、危険を察知すれば、警戒音を上げ、
一早く逃げて、群れ全体の安全につながる仕組みだ。

また、オス、メスともに角を持つ彼らが、列になれば、
途中で、ライオンなどの肉食獣に襲われても、後ろのヤツが、ド突けば撃退できる。
そんな群れの作戦なのだという。

そんな習性を持つヌーの生後間もない子供が群れからはぐれてしまっている。

これに感づいたハゲワシは、やわらかい肉を求め、今か今かと隙を狙いジリジリと近づく。

 

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「ヌー、ヌー、ヌー」
母親を求め、鳴いている。優れた聴覚を持つヌーの親子は、
鳴き声で、100万頭の中からでも、互いを識別できる。
しかし、母親を見つけられなければ、実の母の乳しか飲まない彼らは、飢え死にするしかない。

「ヌー、ヌー、ヌー」
右左を見回し、ハゲワシを見つけた子は、より必死に鳴き続けている。
あわてるヌーの子に、狙いを定めたハゲワシは、不気味に飛び跳ねながら、
歩いて近づく。距離は縮まって15メートル。

群れへの危険を嫌うヌーは、このように泣き叫ぶ子供が近くにいると、
時に蹴飛ばして殺してしまうことがある。

少し離れた群れの列から、泣き声に気づいた大人のヌーが、飛び出した。
親なら、我が子を救いに、親でなければ、蹴り殺すためか。

僕は双眼鏡をのぞきながら、息を呑んだ。

双眼鏡をすばやく、左右に振り、鳴く子と、駆け寄るヌーの動きを追った。
そして、双眼鏡の円い枠の中に、二頭が納まったとき、鼻を摺り寄せたかと思うと、
股の下にすっともぐりこみ、乳に吸い付いた。母親だったのだ。離す気配もなく、必死に吸い続けている。

この子にとって、この乳はどんな味がするのか。

乳を飲み、危険をくぐり抜け、子どもは少しづつ成長していく。
そんな一幕をみた気がして、群れに戻る親子をじっと見守った。

 2008年2月
セレンゲティ平原にて ケンタロー
ケンタロウ

野田健太郎
FGASA(南アフリカフィールドガイド協会)公認フィールドガイド、トラッカー。日本エコツーリズム協会会員。 元通信社記者。2008年からタンザニアに在住。「日本語で楽しく分かりやすく」と現地でサファリガイドを始める。インタープリターとして旅行者を案内し現地のオモシロ話を伝える一方、NHKの自然番組の撮影コーディネーターとして、大自然の神秘を映像を通じて届けている。

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