SAFARI REPORT

サファリレポート

カバの朝帰り

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百獣の王、ライオン。
最大の陸上動物、アフリカゾウ。
角で2トン車を一瞬でひっくり返すサイ。

アフリカ大陸には、あまたの動物がいるが、この中で、統計的にもっとも人の命を奪ったのは、カバだ。

日本では歯磨き粉のロゴになったりして、至極お人よしの動物のような気がするが、
特に女性と子供が被害に遭っている。水に浮かび、のん気にアクビをするその姿からは、
これはとても想像できない。
もっとも、草食動物の彼らが、好んで人を殺しているわけではなく、
この統計は、彼らの日課に関係している。

彼らはもともと、非常に臆病な性格だ。大人のオスとなると、2トンを超えるものもいるが、
これを可能にしたのは、すみかとして水の中を選んだこと。
水中ですごし、浮力を生かし、他の多くの動物が持つ、重力という足かせから自らを解放したのだ。

同じ2トンくらいになるキリンは一日60キロ程度の餌を消費する。
4,5トンになるアフリカゾウにいたっては200キロ近く食べる。

しかし、カバはたったの、40キロだ。日中は危険が少なく、
重力の影響が少ない水中で過ごし、夜になると、ノソノソと列をなし、草を食べに草原に出る。

カバがよくいる池の周りには、右足と、左足の跡が、
車のタイヤの跡のようにきれいに二本並ぶのを目にすることがある。

「カバの道」だ。日没とともに、やおら池を飛び出し、夜が明けるころ、そそくさと水場に戻る。
これが浮力の助けを借りて、巨大化したカバたちの日課の「朝帰り」。

そんな彼らは、水中で心地よく、陸上ではとても不安なのだ。

 

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そして朝方、彼らが、水場に戻るころ、人間たちは何するか。

一日を始めるのに、必要な水を汲みに行くのだ。
それを請け負うのは、女性と子供。
そして、彼らが利用するのは、水草が多く茂った場所ではなく、
いい具合に踏み固められた「カバの道」だ。

そして、臆病なカバにとって、自らの安全圏である水場と自分の間にいる人間は、
完全なる脅威。なんとしても、突っ切らなければならない。

容赦なく、踏み潰すか、かみ殺してしまうのだ。
日本語で「窮鼠、猫をも噛む」という言葉があるが、
アフリカでは「窮カバ、人をも噛む」なのだ。スケールが違う。

ある昼下がり、サファリの途中で、そんな仲間の1頭を小さな水場で、見つけた。

ようやく体ひとつ収まるような小さな水場に、体を押し込め、干上がり出した水を必死で、
尻尾で体にふりかけ、寝返りを打ちながら、どうにか収まろうとしている。

おそらく昨晩、水場に帰るのを忘れるほど、草を食むのに夢中になり、
「あっ」と気づいた朝方、とりあえず近くにあった小さな水場に、慌てて飛び込んだのだろう。

早く陽が暮れないかなーと少し恥ずかしいそうに、体に泥を降りかける。
カバにもいるのだ、少しお調子者で、熱中しやすいタイプのヤツが。

僕は、見つけて、少し楽しくなった。

2008年2月
ンゴロンゴロクレーターにて ケンタロー

ケンタロウ

野田健太郎
FGASA(南アフリカフィールドガイド協会)公認フィールドガイド、トラッカー。日本エコツーリズム協会会員。 元通信社記者。2008年からタンザニアに在住。「日本語で楽しく分かりやすく」と現地でサファリガイドを始める。インタープリターとして旅行者を案内し現地のオモシロ話を伝える一方、NHKの自然番組の撮影コーディネーターとして、大自然の神秘を映像を通じて届けている。

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