百キロの象牙の「ババ」
「動物の楽園」、
「ジャングル大帝」の舞台、
「世界の動物ホットスポット」。
こう呼ばれているンゴロンゴロ・クレーターは、地球上で、面積あたりの動物の数が最も多い場所のひとつだ。
約2千万年、火山が噴火。エチオピアからモザンビークまでの約7000キロ。アフリカ大陸を縦に引き裂き、「大地溝帯」に。約2百万年前、その火山の噴火口のうちのひとつが陥没し、ンゴロンゴロクレーターとなった。
中には、湧き水があり、近くの平原と比べ、年を通して緑が豊富で、動物たちが集まる。水と緑を求め、草食動物が集まり、それに引き寄せられて、肉食獣が集まる磁石のような役割を果たしている。また、その地質には、カルシウムなどのミネラル分が多く、象牙を丈夫にするため、アフリカ有数の、象牙の大きなゾウが生息するすることで知られている。
象牙の大きさは、遺伝や食生活など、さまざまな要素で変化するが、象牙猟が盛んだった地域では、象牙の大きなゾウは、狩られて数が少ない。
象牙とは、文字通りゾウの牙。上あごの前歯が、極端に伸び、巨大化したもので、使い方が荒かったり、喧嘩早かったり、不健康であれば、折れるし、なくなる。ゾウの寿命は約六十年で、奥歯は生涯で6回入れ替わるが、象牙は生まれた時から同じものだ。また、賢いゾウは象牙猟で、象牙が狙われていることを知ると、意図的に、象牙を折ることもあるという。
つまり、大きな象牙は、栄養豊かな自然が残っていることと、長いこと象牙猟が行われていない証なのだ。
―それは、森の中から突然現れた。
おそらく合計で百キロ以上。引きずるほど立派な象牙を持ったゾウが、悠然と数頭のオス仲間を引き連れて、現れた。
われわれ人間の存在を特に意に介するわけでもなく、移動しながら、ゆったりと草や枝を食み続けいる。時折、頭の上の枝をつかむのに顔を上げると、夕日にあたって、象牙がにぶく、太く光る。
地元ではスワヒリ語で、年上の男性への尊称「ババ」と呼ばれているという。直訳すれば、「おじい」だが、もっと強い尊敬の念がある印象を受ける。
人間で言えば八〇歳近いババ。
これまで、どのような群れを引きつれたのか、どのような戦いに立ち向かったのかは記録がないので、分からない。ただ、動物にも人間同様、多くの試練や修羅場をくぐったものだけが持つ凄みや深みがあるのを感じる。ババには確実に、それがあった。
人間なら、シワひとつひとつに歴史が刻まれたおじいちゃんか、最高の笑顔のおじいちゃんか。
僕は、ゆっくり話が聞きたい気がした。お茶か酒でもはさんで独占インタビューしたいと思った。
きっととんでもないエピソードや武勇伝があるに違いない。ゆっくり頷きたくなる含蓄のあるのが。
2008年2月
ンゴロンゴロ・クレーターにて ケンタロー
野田健太郎
FGASA(南アフリカフィールドガイド協会)公認フィールドガイド、トラッカー。日本エコツーリズム協会会員。 元通信社記者。2008年からタンザニアに在住。「日本語で楽しく分かりやすく」と現地でサファリガイドを始める。インタープリターとして旅行者を案内し現地のオモシロ話を伝える一方、NHKの自然番組の撮影コーディネーターとして、大自然の神秘を映像を通じて届けている。