SAFARI REPORT

サファリレポート

肉食獣として生きる

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「ライオンがバッファローを殺した!」

すれ違ったサファリカーのドライバーは、そう告げると、エンジンをふかし、急いで走り去った。僕らも急いで「現場」へ向かった。

「現場」に着くと、体重700キロ近くあるバッファローの屍が、横たわっていた。背中には、円く歯形が残り、ライオンの仕業だとすぐ分かった。

ライオンは大きい獲物を追い込むと、一頭はお尻や背中に食いついて動きを鈍らせ、もう一頭が鼻や首に噛みつき、息の根を止める。このバッファローにも、鼻をかじりとられた跡があった。しかし、わずかな内臓以外、あまり食べられていない。バッファローは行き倒れたようにさえ見えた。

近寄ると、牛糞のようなにおいが鼻を刺した。あたりに、胃や腸の内容物が散らかり、ハエが霧のように漂っている。ハエにとっても大晩餐会だ。

獲物を仕留めると、まず、栄養価が高くて、腐りやすい臓物から食べ始める。つまり、ライオンの晩餐会は始まったばかり。こんな、大きな肉を置いたまま、遠くに行くはずない。

目を凝らし、あたりを見回すと、木陰に2頭のメスライオン、1歳程度の子どもを5、6頭を見つけた。しかし、オスの姿はない。どうもメスだけで狩ったようだ。

彼らの世界では、メスが8割の狩りをする。しかし、それはヌーように比較的小さい獲物の場合。バッファローのような大物になれば、筋肉隆々なオスの体重とパワーがほしいところだ。

しかし、この母ライオンは立派に、バッファローを仕留め、木陰で涼んでいた。

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大人のライオンなら、3日に1度、約50キロの肉を食べる。50キロならガゼルでもかまわないが、乳をやらなくてはいけない子もいるし、育ち盛りの子もいる。 そんな、気持ちが後押しをしたのか。母強し!オカン・パワーに感服だ。
その母ライオンが、すくっと立ち上がり、餌に向かってきた。木登りをして遊んでいた1歳くらいの子ライオンも、置いていかれまいと、後をつける。スタスタスタと、丈の長い草の中を軽やかに抜け、現場にたどり着いた。

すると、子ライオンはバッファローのお尻に前足をかけ、僕らに一瞥をしたと思ったら、するっと母親の股の間をすり抜け、バッファローの胴体の中に入ってしまった。

モゾモゾモゾ。
―数分間、胴体の中に、入っていただろうか。
残りの内臓をむさぼっていたのだろう、顔と手足をべったり血だらけにして出てきた。

新鮮なバッファロー肉は、どんな味がしたのか、胴体の暗い空間の中で何があったのか 知らないが、出てきたときのその顔は別物になっていた。ブ厚い血化粧が施され、少しワルイ、肉食獣の顔になっていた。

肉食獣ならみんな経験する通過儀礼なのだろう。まずは、獲物の生の肉や血の味を覚えて、そして、仕留める技を会得する。いずれ、その技を子に教え、やがて老いて死んでいく。
そんな一連の経験の、最初の儀式、「生肉の味を知る」を、目撃した気がした。あの暗闇の中で、何かが目覚めたのだ。

ライオンの子も、生まれた時は、ただの子猫と同じ、しぐさもなんら変わりはない。
しかし、生後8ヶ月ほどで、乳離れし、母親のモノマネをしながら、少しづつ狩りを覚える。初めは、ヘマをして、狩りを台無しにすることも多いが、やがて、見よう見まねで、技を習得していく。

百獣の王と言えど、生態系の頂点に君臨し、肉食獣のサバンナで暮らしていくのは楽ではない。
死因ナンバーワンは餓死。生まれたうちの半分が、最初の一年で死ぬという。狩りが下手では、生きられない。

この先、コイツにどんな一生が待っているのか分からないが、人も動物も、親の背を見て育つ。母のように、狩りのうまいライオンになれ!

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2008年5月
セレンゲティーにて ケンタロー

ケンタロウ

野田健太郎
FGASA(南アフリカフィールドガイド協会)公認フィールドガイド、トラッカー。日本エコツーリズム協会会員。 元通信社記者。2008年からタンザニアに在住。「日本語で楽しく分かりやすく」と現地でサファリガイドを始める。インタープリターとして旅行者を案内し現地のオモシロ話を伝える一方、NHKの自然番組の撮影コーディネーターとして、大自然の神秘を映像を通じて届けている。

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