SAFARI REPORT

サファリレポート

ハゲワシは天使か、堕天使?

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見上げると、トルコ石色の空を旋回する黒い影を見つけた。手をかざし、目を細めて、ようやく見えるような高さだ。

この日、僕は、“ヌーの大移動”を見ようと4WDで走っていてた。ヌーの大群が緑を追いかけ、もう100キロ先のマラ川に接近しているという情報を得たからだ。朝から、走りっぱなしだが、なかなかたどり着かない。高速道路なら1時間だが、デコボコの土道の100キロとなると4時間はかかる。少しイライラしながら、心を落ち着かせようと、空を見上げ、黒いマダラハゲワシの姿を見つけた。

彼らは、気流を使って飛ぶ。地面の冷えた朝は、飛ぶことはできないが、一度地面が温まると、スパイラル状の上昇気流に乗って、ドンドン高度を稼いでいく。そこで、その気流をつかんだまま、地上を見下ろし、、強力な視力で、獲物を探す。

11キロ上空で、ジェット機とマダラハゲワシが衝突したのが、これまでの最高記録だ。「11キロ上空」ともなると、想像しづらいが、気温マイナス50度、酸素もほとんどなく、特殊なヘモグロビンがなくてはいられない世界。
そんな世界から、鋭い眼光で、土煙を上げる僕らを見下ろしていた。

“進化の神“は「死肉漁り特別モデル」として、彼らを創り、ハゲたのも「進化」という。

人間の2倍の数の骨でできた長い首は、自由自在に動き、バッファローやヌーの胴体に突っ込むのにいい。鋭い嘴とザラザラした舌で、細かい部位まで綺麗に食べつくす。その時に、首や顔に寄生虫が付くのを防ぐために、「進化」してハゲたという。

そして、胃袋は、ただの袋で、ほとんど消化をしない。なるだけ短時間でひたすら飲み込んで飛び去る。そんな作戦だから、早食いで、行儀が悪い。食事の時は、同種、異種が入り乱れて、暴れ放題。「ギャーギャー」とエサを奪い合って、引っ掻き、突き合い、肉が飛び散る大騒ぎ。

しかし、彼らはいなくてはならない。上空からいち早く、屍を見つけ、片付ける彼らが、いなくては、寄生虫が増え、生物に病気が蔓延してしまうからだ。姿は醜いが、汚い仕事を任された“天使”なのだ。

この日も、彼らは、巣から百数十キロ離れたところまで、遠征し、ヌーの残骸を漁っていた。僕らが、デコボコを避け、土煙にまみれて、えっちらほっちら、行くのを尻目に、気流に乗ってヒトっ飛び。僕らは、まったく違う理由で、同じ現場にいた。

それまで、ハゲワシたちは、ヌーの上に黒山になって、「ギャー、ギャー」と騒がしく群がっていたが よく見ると、下敷きになっていたヌーはすっかり筋と白い骨となり、晩餐会も終盤だ。彼らも散らばり出した。
バサッバサッと、一羽。
バサッバサッバサと、また一羽。
三々五々、次々と風に向かって羽ばたき、空へ戻っていく。

そんな中、一羽だけ苦戦しているヤツがいた。食べ過ぎたのか、羽ばたいても羽ばたいても、血を吸いすぎた蚊のように、うまく飛び立てない。重すぎて、離陸もできず、アカシアの木に引っかかった。情けない・・・・・。

コイツにボソッと。
「欲張って、空に戻れぬ堕天使か・・・」

2008年9月
セレンゲティ平原にて ケンタロー

ケンタロウ

野田健太郎
FGASA(南アフリカフィールドガイド協会)公認フィールドガイド、トラッカー。日本エコツーリズム協会会員。 元通信社記者。2008年からタンザニアに在住。「日本語で楽しく分かりやすく」と現地でサファリガイドを始める。インタープリターとして旅行者を案内し現地のオモシロ話を伝える一方、NHKの自然番組の撮影コーディネーターとして、大自然の神秘を映像を通じて届けている。

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