SAFARI REPORT

サファリレポート

群れの中へ

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毛が逆立つ。
目が覚める。
これがある朝のフロントガラスの前の光景だ。

画面を横切る白い線は、朝方降った雨の跡。ロッジで朝食を済ませ、10分も走ったら、突然、この光景だった。

中央が母親。その周りを子供たちが取り囲み、一番チビは後ろに隠れている。真ん中のお母さんは首を振って「やんのかー?!」と威嚇する。ゾウから僕までの距離は5メートル。

ぐっと息を呑む。

ゾウなら一瞬で、車をひっくり返せる。

しかし、全員がじーっと静かにしていると、少しずつ緊張が解け、群れは茂みへと去って行き、また、いつもと変わらぬ姿で草を食み始める。


ゾウの群れに近づくと、胸の中を親近感と緊張感が入り交じる。抱きつきたいような、近づきがたいような。うまく近づければ、楽しい食卓に招かれたような愉快さがあるが、間違えれば危険そのもの。うまく近づくにはコツがある。

まずはー
遠目から群れを見つけ、先に群れの行く先の目星をつける。近くの水場なのか、草原に出るのか、、、。
挑発しないように静かに先回りする。

下り坂なら、エンジンを切って、ニュートラルで下る。
そして、待つ。するとちょっとずつ、ちょっとずつ群れが集まってくるのだ。

たいがい最初にちょっかいを出してくるのは、好奇心の強い若いゾウ。近寄っては、長い鼻の先をこっちにむけ、スースースー。ニオイを嗅ぎ、空気中に飛び散った僕らの情報を集めている。
すでに慣れっ子になった母さんは、横目で注意しながらも、枝をちぎって口に運び、葉を食べ続ける。

大食いのゾウたちは食べ続けながら、少しずつ移動する。一番小さい子ゾウが道を渡るときには、親戚のお姉ちゃんがつまづく子ゾウをかばったり、子ゾウがお姉ちゃんのシッポをつかんだりと、舞台か劇に迷い込んだよう。

少し慣れてくると親子の関係はもちろん、兄弟やいとこ関係とか、一番末っ子が誰か、誰がボスで、その彼女が誰かまで予想できるようになり、一層面白い。
すると、あたりにいろんな感情が飛び交っているように思える。その中に迷い込む。これがクセになるのだ。


乾期の真っ只中、3,40頭の群れを見つけ、先回りをして待ち構えた。すると、遠い草原の揺らめく蜃気楼の中から彼らは現れた。

少年くらいの若いのが、先頭で群れの行く道を清めるように、砂をつかんでは、頭の上から撒き散らして進む。
遠くから歩いて来たのだろう。群れ全体がダルそうだ。

しかし、ぬそぬそと近づいてきたと思ったら、突然弾けた。
パオーー!ワオーー!
ドスンドスンドスン!

いよいよ水場に迫ると、歓喜の声を上げ、次々と駆け込む。足で水を蹴り上げて、腹に掛け合ったり、水中で転がってじゃれあったり、鼻だけ水面に出して潜水遊びをしたりしている。時折、コロコロコロと満足げに喉を鳴らす音があたりに響く。

そんな中、祭り騒ぎとはちょっと違う雰囲気の2頭を見つけた。水の中でもたれあう姉妹。そのまま、“口うつし”ならぬ“鼻うつし”で水を飲ませあっている。
半身水に浸かり、姉が妹に、妹が姉に。妹は恍惚とした表情で、姉の鼻に必死に吸い付く。涙が浮かんでいるようにも見える。

何があったかは知らない。
しかし、こんなシーンがクセになるのだ。

タランギーレ国立公園にて ケンタロー

 

ケンタロウ

野田健太郎
FGASA(南アフリカフィールドガイド協会)公認フィールドガイド、トラッカー。日本エコツーリズム協会会員。 元通信社記者。2008年からタンザニアに在住。「日本語で楽しく分かりやすく」と現地でサファリガイドを始める。インタープリターとして旅行者を案内し現地のオモシロ話を伝える一方、NHKの自然番組の撮影コーディネーターとして、大自然の神秘を映像を通じて届けている。

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