SAFARI REPORT

サファリレポート

友達の丘 狩猟民とゆく

友達が住む丘がある。619
それは、ライオンやゾウなどの野生動物が多くいることで有名なンゴロンゴロ自然保護区のすぐ南側。年間ナン万人もの観光客がその北を通り抜けるが、その丘を訪れる客は少ない。
時折、シマウマやキリンも通るが、国立公園にも、自然保護区にも指定されていない。

友達のラジャは、世界に残る最古の狩猟民族と言われるハッザの出身だ。今も獲物を追いかけ、移動しながら生活している。弓矢を持って野山を駆け回り、果物がなる木やミツバチの巣を見つけては、思いっきりほおばる。使用する弓はアフリカの狩猟民の中で最大。植物の根から抽出した毒と合わせて使えば、キリンやバッファローも仕留めることができる。
最近になってプラスチック製品などが入ってくるようになったが、昔から食糧から生活用品まで、必要なものは全部自然から手に入れてきた。

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商業もあまりなかった。取引があるとすれば、山で採取したハチミツや仕留めた獲物の肉や毛皮を、穀物やタバコと交換する程度。その日、狩りで取れたものは、その日に食べるのが基本。明日は明日の運にまかせ、悪い時は我慢する。とてもストレートだ。豊かな自然に囲まれて、どこで何を探すか知っていれば、まるで巨大な食糧庫に住むよう。困ることなんてあまりなかった。

しかし、そんなラジャの丘にも変わった風が吹くようになった。

数年前、彼らが住む地域の北に、舗装道路が整備され、急に交通の便がよくなった。それまで塩分が多く痩せたこの土地は、農耕民から避けられた。家畜に病をもたらすツエツエバエが多いので、牧畜民からも避けられた。しかし、交通の便がよくなった今、塩分が多くても育つタマネギが植えられるようになり、出荷される。北側の町は大きくなり、家畜市も開かれ、牧畜民も流入してきた。
さらには、観光の中継地としてもよいと、僕のようなガイドに連れられ、外国人観光客も訪れるようになった。
彼らの生活は急激に変化していっている。人間の流入で誰もが「獲物が減った」と愚痴る。狩りの名人のラジャはひとり「獲物が獲れないのは、腕の問題だ」とばかりに首を縦に振らないが、統計的には確実に減っている。


何度か狩りに連れて行ってもらったことがある。それは小学校のころの夏休みのように楽しかった。野山を駆け回り、藪を飛び越え、川原を走ってクタクタになるまで獲物を追いかけた。
最初は雑談をしながら、6、7人で列になって、歩くが、猟場が近くなると、どんどんペースが速くなり、みんな興奮してくる。そして、獲物が居そうな場所に来ると、みんな散らばって、それぞれの勘が導くところへ。藪の中をのぞいて、小鳥を探す者、斧を片手にミツバチの巣を探す者、イノシシやウサギの巣穴を探す者・・・。まるで宝探しゲームだ。

そんなとき、ワシがバッと飛び発った!と思ったら、前の少年が背中に小鹿のような獲物を担いでいた。自ら仕留めたにしては、素早すぎし、断末魔の叫び声も聞こえなかった。身振り、手振りで聞いてみると、ワシが食べていたのを横取りしたのだという。肩越しの横顔は少し誇らしげだ。 なんだかスゴイ!
……………………….
また、狩りの合間に交わされる会話がいい。道すがら適当な木陰があると、一団は自然と立ち止まって、車座になる。小枝で火をおこし、石のパイプでタバコの葉をふかす。すると、会話が始まるのだ。

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「今の俺の一発見たか?!バッファロー惜しかっただろー!」とラジャ。 ハッザ語なんて一切わからない。世界で最も特異な言語として、学者が訪れるほど難解だが、身振り手振りであらすじを読む。
「弓をこーやって引いて、ピシってバッファローのココ、ケツに当たったぞ!それで一目散!」
いちいち派手なジェスチャーと、絶妙な間合いで笑いが湧き、こっちにまで感染する。ラムネみたいなバオバブの実をほおばりながら「ちくしょ!無茶苦茶惜しかったぞ!」と、ラジャは片目をつむった。
そのとき、初めて左おでこの上に、星印のような大きな傷があるのに気付いた。
「ラジャ、これどうしたの?!」
「いや、これはよー。これよりもっとでかいバオバブだ。蜂の巣を見つけて樹に登っていたんだ、そしたら、いきなり枝が折れてそのままドスーんよ!血がダーって出て、痛かった!わははは!」
「わはは、わはは!」
「わはは」・・・・・
理屈なく、“もっといっしょに笑いたい”と思った。

2010年3月
エヤシ湖畔にて ケンタロー

ケンタロウ

野田健太郎
FGASA(南アフリカフィールドガイド協会)公認フィールドガイド、トラッカー。日本エコツーリズム協会会員。 元通信社記者。2008年からタンザニアに在住。「日本語で楽しく分かりやすく」と現地でサファリガイドを始める。インタープリターとして旅行者を案内し現地のオモシロ話を伝える一方、NHKの自然番組の撮影コーディネーターとして、大自然の神秘を映像を通じて届けている。

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