SAFARI REPORT

サファリレポート

「アフリカの水」と一枚の写真

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「一度アフリカの水を味わった者は、必ずまた戻る」

こんな言葉を耳にしたことがある。

一度アフリカを経験した者は、虜になり、必ず戻ってきてしまうという意味なのだろう。
結果を見れば僕も、この言葉に従った一人だ。

初めてタンザニアの地を踏んだのは、2年前。記者の仕事を退職し、友人を訪ねにきた。
初めてのサファリを経験したのもその時だ。その体験は、少し寝ぼけたようで、
記憶がはっきりしないが、すごくはっきりしてるシーンがひとつある。

この写真は、その時、撮った。
突然、ヌーの大群に囲まれた時に撮影した。技術的には、土煙の中のヌーを逆光で撮影し、
逆光がフレアを作ってしまった失敗作だが、なぜか、僕はたびたびこの写真を見返す。
―十一月のセレンゲティ。

少し枯れて黄色くなったセレンゲティの草原の中を、ランドクルーザーに揺られていた。
屋根をはずし、オープンカーにしていると、どこから現れたのか、突然ヌーの群れに囲まれた。
毎年、この時期になると、草食動物の彼らは、水と緑を求め 、雨期を追いかけ、
タンザニアのセレンゲティ平原を訪れる。関東平野ほどの草原に百万頭以上いる彼らは、
群れをつくり、隅から隅まで水を求めて移動している。
このときも何万頭いたかわからない。
一瞬で一面、ヌーに囲まれた。彼らは少し眠たそうな目で、じーっと、こっちを見ているが、
こっちが少し体を動かすと臆病な彼らは、一斉に「ヌー、ヌー」と鳴きながら、逃げまわる。

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たちまち、あたりは土煙だらけになった。

咳き込みたくなるほどの土煙の中、力強く大地を蹴る姿を、ファインダー越しに見ながら、考えた。

一体なぜ、移動するんだ?

突然、小学校の理科で習ったことを、思い出した。

―「地軸のずれ」。

ヌーは、何万年も、雨期を追いかけて移動している。地球に雨期と乾期、季節の差をもたらすのは、
地球が公転し、地球の軸が太陽に対して傾いているから。つまり、「地軸のずれ」があるからだ。

この季節の差を追いかけ、ヌーは旅を続けているのだ。

そして今、僕はその百万頭のウネリのド真ん中にいる。この巨大な自然史のドラマに咳き込んでいるのだ。
「地球は傾いている」
二十年近く前に、教科書で習った用語を初めて体感し、全身に鳥肌が立った。

「オレは地球にいるんだ」。

時折、サファリカーに揺られ、風が草原を渡り、大地に沈む真っ赤な夕日を背にしていると、
航海の途上の船乗りのような壮大な気分になることがある。

人間の力を超越するパワフルな自然を肌で感じ、全身に鳥肌が立つ。
ある種の気づきとともに高揚感が静かに沸く。
虜になったとすれば、パワフルな自然とその体感。この感覚のために僕は、ここにいるのだろう。

  

2008年3月 セレンゲティ平原にて ケンタロー

ケンタロウ

野田健太郎
FGASA(南アフリカフィールドガイド協会)公認フィールドガイド、トラッカー。日本エコツーリズム協会会員。 元通信社記者。2008年からタンザニアに在住。「日本語で楽しく分かりやすく」と現地でサファリガイドを始める。インタープリターとして旅行者を案内し現地のオモシロ話を伝える一方、NHKの自然番組の撮影コーディネーターとして、大自然の神秘を映像を通じて届けている。

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